header_image

専任教員より 卒業制作・卒業論文によせて

西岡龍彦  教授/作曲(プロジェクト1)

 大災害の混乱の中で最終学年を迎えることになったみなさんは、在学中の成果を思い通りにまとめることが難しかったかもしれません。あのような現実を前にして、自分たちが関わっている芸術や文化について改めて考えざるを得なかったでしょうし、今まで経験したことのないさまざまな思いの中で制作や研究を続けたことでしょう。プロジェクト1の3つの作品には、これまでの卒業制作とは異なるテーマ性を感じました。
 人は、多感な青春期の思考や感性を一生抱き続けます。芸術や文化にとって今は恵まれた時代ではありませんが、音環在学中の経験を活かし、この困難な時代の課題に向かって新たな一歩を踏み出されるように祈っています。

熊倉純子  教授/文化環境(プロジェクト2)

 今年の卒制はそれぞれが独自に見出したクロスオーバーな視点が光った年でした。論文では、オーケストラの演奏家たちのモチベーションを経営学の新たな論理を用いて読み解こうと試みた齋藤さん、シブヤ大学など、話題の市民大学をプロデューサーの存在と役割に着目して分析した角谷さん、きむらとしろうじんじんの長年の探求を歴史政治学で論じた畑さん、いずれもオリジナルな着眼です。また、表現制作では身体の痕跡をドローイングとして形に結び付けた山口さんも在学中の地道な研究から新しい展開の切り口を見出したようです。
 修士論文も同様の傾向が見られます。藤浩志の作家論でありながら、作家が立ち去った後の活動の様子を分析した中山さんは、地域に種を運ぶ風としてのアーティストの存在に着目して、種=モノとしての作品のみならず、土(地域社会)や水(種を育てる人々)の側面からも藤の活動を分析する意欲的な研究をまとめました。芝山さんはアーカイブというユニークな視点を見出し、アーカイブ学の先行理論をベースにアートプロジェクトの歴史編さんの未来に新たな提案しています。ぜひ展示や発表にお運びいただき、学生たちとじかに語ってみてください。

亀川徹  教授/音響学・録音技術(プロジェクト3)

 「卒業・修了展」は、本学科にとって12月に開催している「千住アートパス」と並んで、学外の皆さんに学科の成果を披露する重要な場であると考えています。3年生次までのプロジェクトで各自が学んだ様々な事をさらに発展させ、卒業研究・作品としてまとめあげていくプロセスは、我々教員にとっても、ひとりひとりの成長の課程を振り返る貴重な場でもあります。今回取り上げられた様々なテーマは、音楽と音響の両面に関連するテーマであり、スタジオなどの充実したハードと、身近に優秀な演奏に接したり他分野の芸術に触れられるという芸大ならではソフト面を融合させる事で、他大学ではできない研究・制作をおこなっていきたいという目標に、年々近づいているという手応えを感じています。
 大学という閉じられた環境は、ややもすると閉鎖的で自己満足な成果に甘んじるようになりがちです。このような場を通じて学外の皆さんに成果をご覧いただく事で、自分たちの成果を客観的に振り返る貴重な機会にしたいと考えています。まだまだ未熟な部分もありますが、是非皆様の忌憚の無いご意見を伺えれば幸いです。

丸井淳史  准教授/音響心理学・コンピューター理工学(プロジェクト3)

 今年度、私が主たる指導教員として関わった卒業論文は3編ありますが、どれも私が教員になって1~2年目に入学してきた学生たちによるものです。3編の論文は、ヘッドホンの“慣らし運転”による音質変化について、騒音化での音楽聴取が耳に与える影響、聴覚符号化音のための識別訓練法、という、どれも最近の音響技術について音響心理学的な実験研究を行ったものです。考察や表現の不十分な点については、私の未熟さによる指導の至らなさと反省しております。しかしながら、どの論文も理解しやすくかつ有益な結論になり、それぞれの学生にとって大学における学びの集大成として誇れるものになったと思います。彼らの今後の成長の一助として、ぜひ率直なご意見・ご感想をいただければと思います。

市村作知雄  准教授/身体表現・NPO論(プロジェクト4)

 ほとんどの人は、小学校から始まった長い学校生活がこれで終わることになる。大学より社会の方がずっと広いし、面白い。
 ここ数年、学生について思っていることが二つ。ひとつめは、みんな優しい、人の考えを否定したり、論破するようなことがほとんどない、ということ。これが多様性を尊重することのひとつの帰結であるというのなら・・・。もうひとつは、考えが違う人と触れあわないこと。ほとんどのことが、あらかじめ了解されてしまっているコミュニティの存在。緊迫した関係が築けない。この二つのことはコインの裏表なのだけど。私は小さなフラストレーションの中にいるというより、世の中に少しついて行けなくなっているような気がする。
 「星の決まっているものは、振りむこうとはしない」これは、詩人鮎川信夫の言葉。前を見るだけでなく、少し後ろを振り返ってみることも大切だから。そんなときは、研究室の扉はいつも開いている。

毛利嘉孝 准教授/社会学・文化研究(プロジェクト5)

 今年のプロジェクト5の卒業論文は、いつにもましてバラエティ豊かだった。パフォーマンスという観点から音楽を再定義しようとした北條知子。鈴木清順監督の映画『陽炎座』を生と死、夢と現実といった境界を横断する運動として分析した山田夏菜。電子出版の未来を高校生に対する詳細な調査から明らかにしようとした奥谷千尋。そして、ヴィジュアル系ロックの海外における受容を考察した吉田みさと。どれもしっかりとした実証に基づきつつも、既存の枠組みを越えようとする意欲的な論考が出揃った。
 何よりも学部4年間の学生生活の中で、それぞれが本当にやりたいことを見いだし、研究成果として結実させ、卒業後の進路に結びつけてくれたことが嬉しい。これまでの音楽環境創造科の卒業生の中でも、枠にはまらずに自分たちで新しい領域を開拓したという点で特筆すべき学年だった。この多様性、柔軟性は、これからの長い人生にとって大きな武器となることだろう。今後の人生の展開が楽しみだ。