東京藝術大学 大学院 音楽音響創造

要旨

江口加奈
ミュージカル・クラウン、グロックの音楽

本論文の研究対象は「20世紀で最も偉大なミュージカル・クラウン」と称されたグロックのアン トレ(音楽、曲芸、演劇による総合的な演目)における音楽である。そして、彼のアント レにおける音楽・音・身振りの特徴とその効果を明らかにし、さらに他ジャンルへの影響 を明らかにすることを目的としている。グロックはなぜそこまで観客を笑わせ、虜にでき たのか。芸術音楽に対する風刺が誰にでも受け入れてもらえる形でうまく表現されている からだという仮定のもと、具体的に検証した。

先行研究は学術的なものが非常に少ない。そもそも、サーカスやクラウンは、地位も低 く、放浪芸の類に属されていた背景もあり、研究対象とみなされて来なかった。その中で も、エヴゲニィ・クズネツォフのサーカス研究やトリスタン・レミィのクラウン研究等があ るが、ほとんどが歴史研究である。ミュージカル・クラウンに着目し、音楽学的な研究をおこなったも のは、吉村理恵の博士学位論文「サーカス・クラウンの音楽-20 世紀前半の音楽道化とその 周辺一」のみである。そこでは、グロックとフラッテリーニを例に、アントレと独自の音 具に着目し、作品分析が試みられている。この研究を踏まえ、アントレの特徴を再整理し、 理解を深めたい考えである。さらに、グロックと同時代を生きた、ルチアーノ・ベリオやチ ャールズ・チャップリンといった作品とも比較分析することで、他ジャンルへの影響にも着目した。こ の点が独自の視点である。

論文は 4 章構成である。第1章でサーカスとクラウンの歴史を概観し、その中でミュー ジカル・クラウンがいかにして誕生し、発展したのかを明確にする。第2章では、グロッ クのアントレにおける音楽的特徴やそれを取り巻くパフォーマンスの特徴を洗い出し、そ の表現を整理する。第3章では、映像資料にある1つのアントレを分析し、音楽・音・身 振りの特徴とその効果にまで踏み込み、それがどのように観客の笑いを誘ったのかを検証 する。ここでは執筆者自身でおこした楽譜を元に、分析も試みている。そして、第 4 章で は、ベリオの《セクエンツァV》、《セクエンツァル》、チャップリンの《ライムライト》の 3作品とグロックのアントレを比較することで、芸術音楽や映画といった他ジャンルの作品 に与えた影響を明らかにし、結びへとつなげる。

音楽史を語る際、とかく芸術音楽の歴史に重きが置かれ、大衆的な音楽が抜け落ちがち である。そこで本研究が、今まであまり光を当ててこられなかった大衆文化や大衆音楽の 研究を促進させるとともに、芸術音楽との結びつきを捉える上で、手がかりとなるのでは ないかと考えている。クラウンは音楽や美術、文学といった様々な分野にも題材として取 り上げられている。したがって、その影響力は目を見張るものがあり、表現を整理し、分析することは意義あることといえる。ミュージカル・クラウンのみならず、その他の芸術、 文化研究に更なる広がりを与えることが期待される。


EGUCHI Kana
Music of A Musical Clown, Grock

The research object of this thesis is music in entrée; repertoire mixed music, acrobatics and drama, of Grock called “The greatest musical clown in the 20th century”. It has aimed to clarify the feature and the effect of music, the sound, and the gesture in his entrée, and to clarify the influence on another genre, in addition. Why was Grock able to fascinate and laugh the spectators? I verified it; on the assumption that it is because of that the satire on the art music was so good in expressions which were accepted to everyone.

The academic preceding works are very few in this field. Most are historical study, for example Евгений Кузнецов’s circus and clown research and Tristan Rémy’s. Only in Rie Yoshimura’s doctor degree thesis, musicology research was done. It is an idea to arrange the feature of the entrée again based on this research, and to promote greater understanding. Therefore, I paid attention to the influence on another genre. The aspect of this comparison analyses is original.

The thesis is composed of 4 chapters. In Chapter 1, it takes a general view of the history of the circus and the clown. In Chapter 2, the feature of music and the performance is arranged. In Chapter 3, one entrée is analyzed and proved the expression and the effects of his music, sound, and gesture. Also verifying how it make spectator laugh. In Chapter 4, the influence on another genre has been made clear, such as “Sequenza V” and “Sequenza III” by Luciano Berio and “Limelight” by Charles Chaplin.

Music researches tend to be focused on only history of art music. Thus, this study promotes the research of a popular culture to which has hardly been paid attention to. It may become a clue in catching the relation with the art music. A further extension is expected to be given to not only of the musical clown but also other arts and cultural researches.