羽深 由理
ノーマン・マクラレンのアニメーション作品における音楽 ―《色彩幻想》の分析を通して―
ノーマン・マクラレン(Noeman McLaren, 1914〜1987)は、カナダ国立映画庁(National Film Board of Canada)のアニメーション部門を1939年以降40年あまりに渡って率い、60以上の作品を発表し、映像と音の関係を重視した実験的な作品を多く制作したアニメーション作家である。彼は30年以上台詞やナレーション付きの映画を作らず、音楽を「言語によるコミュニケーションの限界を超越するもの」として位置付けた。また、フィルムの加工による音響生成をしたり、自ら作曲をしたりと、音楽的リズムを表現した作品制作に積極的に関わった。
マクラレンの作品を研究した文献は数多く存在するが、彼がアニメーションにおける音楽を重視していたにも関わらず、その多くは映像表現に重点を置いたものであり、音楽に関する研究は少ない。映像と音楽が絡み合った作品は今後の芸術表現手段として拡大していく可能性が高いため、音楽的観点からのマクラレン作品の分析が必要だと考えた。
マクラレンが監督した作品の一つに《色彩幻想 Begone Dulls Care》(1949)がある。オスカー・ピーターソン(Oscar Emmanuel Peterson, 1925-2007)が作曲したジャズと色彩豊かな映像が融合した傑作だ。筆者自身が映像より先に音楽を制作する方法に興味を持っていたことや、個別研究が乏しく分析の必要性を感じたことなどから、作品分析対象としてこの《色彩幻想》を選び、音楽的観点を重視して分析した。この結果を、今後映像作品における音楽制作に役立てていくことが本論の目的であった。
第一章では序論として、マクラレンの経歴をまとめ、その中からマクラレンと音楽の関係について整理した。マクラレンは幼少期から音楽を学んでいて、アニメーションの音楽で自身の音楽的知識を生かそうとしていたということがわかった。
第2章ではマクラレン作品の音楽制作技法について調べた。そのうえで《隣人》、《Blinkity Blank》、《Canon》の3作品の音楽制作技法について、マクラレン自身の記述を元に簡単に整理した。音響をフィルムに書く、引っ掻くなどして生成したり、自ら作曲したり、作曲を依頼する場合でも細かく指示を出し、話し合いながら音楽を制作したりと、マクラレンはアニメーション音楽に対して様々なこだわりを持ち、試行錯誤をしていたことがわかった。
第三章では、栗原の論文「ノーマン・マクラレンの《シンクロミー》における音楽・画面構成・色彩の相互連関」から《シンクロミー》の音楽分析方法について取り上げた。栗原は、作品内での音楽と映像の連関が顕著な、音域・声部・動機の規模・音響効果・転調・和声進行・ポリリズム、以上7つの観点から分析を行っていた。これは非常に体系的で理解しやすいと筆者は感じ、第四章で行う分析の参考にした。
本論の最終章となる第四章では《色彩幻想》を取り上げ、初めに《色彩幻想》における映像と音楽の制作過程をまとめた。音楽はピーターソンとマクラレンが綿密に話し合ったうえで制作したもので、映像より音楽を先に録音してはいるものの、後で双方向から修正が出来るように事前に工夫がされていたということがわかった。次に《色彩幻想》の楽曲を分析し、さらに音楽と映像の関係性を強弱・音色・音域・旋律とリズム・コード進行という5つの音楽的観点から分析した。その結果、ある要素を同期する時に別の要素の同期を抑えることで、シンプルな同期を実現させているということがわかった。また、「同期をしない場所を作ること」「同期をしすぎない構成を作ること」がこの作品をより良いものにしていた。
以上、本論文は、マクラレン作品の音楽に焦点を当て、音楽そのものや映像と音楽の関係を分析することで、アニメーションの音楽制作における一つの方法論を提示した。
HABUKA Yuri
Norman McLaren (1914~1987) is a great animation artist who led National Film Board of Canada over 40 years after 1939, and produced a lot of experimental works emphasizing the relationship between film and music. This thesis focuses on the music of McLaren’s works, analyses the music, the relationship between film and music and presents a methodology for animation music composition.
There is a wide range of literature on McLaren’s animation, but even though he valued music in his animation works, most of them are focused on visual aspects of his work. It is important to consider analysis from a musical point of view because those works in which film is intertwined with music, are more likely to be spread as an artistic medium in the future.
Among a wide variety of works, “Begone Dulls Care” (1949) has been selected and analysed from a musical perspective. In this animation film McLaren fused jazz music with a colourful picture.
Chapter 1 and 2 introduces McLaren’s career and also investigates about his music production techniques. For example, it studies the way he made sounds by drawing music and scratching directly on the film.
Chapter 3 introduces Kurihara’s method of music analysis. Using her own method Kurihara analysed, from various viewpoints one of McLaren’s creations which is called “ Synchromy ”(1971). Kurihara’s method has been taken as a reference and applied for “Begone Dulls Care” analysis.
Chapter 4, investigates about the production process of film and music in “Begone Dulls Care”. Firstly, through recording the music before capturing the image, the device is performed in advance, enabling further manipulation from both directions. Secondly, through a musical analysis focused on the following five different parameters: the connection between music and image, tone colour, register, chord progressions, melody and rhythm, it has been determined that the results are much more effective when music and image are not in sync or when they are slightly out of sync.