東京藝術大学 大学院 音楽音響創造

要旨

大野 茉莉
音の粒子化による表現とテクノロジー

20世紀の音楽表現は、コンピュータを始めとするテクノロジーの開発に依存して発展してきた。テクノロジーの開発に伴い、音の表現領域は拡張し、今日では人間の聴覚の閾値以下の情報まで操作可能となった。1970年以降、音の粒子化のためのデジタル技術が開発され、従来の音楽理論における時間スケールだけでなく、閾値以下の時間スケールを含めた、複数の時間スケールでの音楽構造の構築のための“マイクロサウンド”というアプローチが生まれた。マイクロサウンドとは、10~100ミリ秒以下の非常に短いマイクロ時間スケールと、伝統的な音楽理論の中で述べられてきた音符、フレーズ、楽曲構造などの時間スケールを融合させた、コンピュータ音楽の作曲のための新しいアプローチである。学術的/非学術的な両分野の作曲家が、このアプローチに関する様々な可能性を模索し、様々な技術や表現手法が生み出された。本論文では、1970年以降の学術的/非学術的な両分野における幅広いマイクロサウンドのアプローチについて調査を行い、2000年以降の音の粒子化による表現とテクノロジーに関する、新たな傾向について論じる。

まず、CurtisRoadsが著書《Microsound》(2002)において述べている、マイクロサウンドの概念、およびマイクロサウンド作品の美学について簡単に述べる。彼は、音の全現象におけるマイクロサウンドの位置付けについて、オーディオ周波数帯/インフラソニック周波数帯、かつオーディブル・インテンシティーの範囲内のうち、マイクロ時間スケールを持つ音であると定義した。また、マイクロサウンドの特徴として、時間と周波数の領域間に強い相互作用があり、複数の時間スケールへ同時に影響を与えることが出来るため、マイクロサウンドでは、音響合成と作曲をマイクロ・レベルで同時に行う、新たな作曲行為として捉えられた。

次に、1970~2000年に制作された学術的な作曲家による作品について、技術および表現手法という2つの観点から分類する。マイクロサウンド生成のために用いられたデジタル技術は、グラニュラー合成、フェーズ・ヴォコーダー、独自のソフトウェアによる音合成、独自のハードウェアによる音合成、の4つに分類できた。また、表現手法については、新たな素材音としての使用、テクスチャーとしての使用、アルゴリズミックな粒子生成、作品としての粒子生成ツール、の4つに分類した。

最後に、2000年以降の非学術的な作曲家による、新たな作品の技術的/美学的傾向について論じ、上で述べた分類を用いて1970~2000年の学術的な作品との比較を行う。2000年以前の作品の多くは、制作に必要な技術を得るために研究機関などへ所属している、学術的な作曲家によるものだった。しかし、2000年以降、コンピュータの性能の向上とインターネットの普及により、非学術的な分野でもマイクロサウンドが作曲へ用いられるようになった。2000年以降の作品は、テクノロジーの過剰使用によるエラーに美学的価値を見出す“ポスト・デジタル”的傾向を持っており、グリッチなどによる“失敗の美学”を楽曲に取り入れた。上で述べた1970~2000年の学術的な作品で行った分類と比較すると、2000年以降の作品は、作曲家独自のアルゴリズムやツールを作曲に導入するためのソフトウェア/ハードウェアの開発が主流となった。

本論文では、1970~2000年に制作されたマイクロサウンドを用いた学術的な作品について、技術と表現手法という2つの観点から分類を行い、その分類を、2000年以降のポスト・デジタルの非学術的な作品へ応用する。学術的/非学術的な作品を同じ軸で比較することは、このアプローチの新たな傾向を歴史的に捉えるために有用であろう。


OHNO Mari
Expression and Technology of Sound Granulation

The development of musical expression in the 20th century has depended on technologies such as computer. Due to technological development, sound expression has expanded and we can control the component of inaudible sound today. The digital technologies for sound granulation have been well developed since the 1970s, and “microsound” approach was proposed as a way to construct musical structure with multiple time scales, both audible and inaudible. This paper examines the sound expression and the technologies of sound granulation through a survey of the wide range of approaches to microsound by both academic and non-academic composers from 1970 on.

Microsound is one of the emerging approaches in computer music which focuses on extremely brief time-scales, less than 10-100 msec. This approach integrates micro-time scale into the time scales of notes, sound phrases, and musical structures in traditional music theory. Both academic and non-academic composers have explored various possibilities of musical expression using microsound and created various technologies and techniques for microsound.

This paper attempts to classify the technologies and the expression techniques of microsound and apply this classification to recent “post-digital” compositions. First of all, I summarize the concept of microsound and the aesthetics of microsound composition, which were described in the book “Microsound” by Curtis Roads, published in 2002. Next, I classify microsound compositions by academic composers from 1970 to 2000, from two points of view, technologies and expression techniques. Finally, I consider the technologic and aesthetic tendency of post-digital microsound compositions from 2000 on created by non-academic composers, and compare them to the microsound compositions from 1970 to 2000 with the classification system.