髙橋 紗知
映画作品における視点と聴取点についての考察
多くの映像作品において、音は作品を構成する上で不可欠な要素の一つである。映像作品を鑑賞する際、我々は映像と音とを二元的に捉えるのではなく、その組み合わせによる効果を以て作品全体の印象を認識する。本研究では映像の視点とそれに対応する聴取点という二つの概念を手がかりとし、既存の劇映画を対象とした作品分析および関連文献の調査を行った。作品内における両者の関係性を整理し、そこからもたらされる演出効果を分析することで、映像作品における音響表現の役割を改めて考察したいと考えた。
第1章では、序論として映像の視点・音響の聴取点という概念に言及した。
続く第2章では、映像における主観的表現の変遷と、関連する音響表現の変化の動向について文献資料を中心に調査した。トーキー映画の普及以降、映画作品における音響表現は映像分野の発展に呼応する形で変化した。その一端となったのが、1940年代以降のサスペンス映画分野である。暗陽を基調とした画面に対して「画面外の音」が多用されるなど、この分野の発展によって映画の音響は視覚情報を補完するだけでなく、観客の恐怖を煽るサスペンス・スリラーの一要素としての役割を得るに至った。また、同時期のフィルム・ノワール作品群における知覚的制約表現の導入、アルフレッド・ヒッチコックによる主観的サスペンスの提唱など、映像における主観的表現の方法論が徐々に確立されていった。これらの主観的表現技法は音響分野においても応用がなされ、ヒッチコック以降のサスペンス作品群などによる発展が見られた。
以上を踏まえ、第3章では第2章で取り上げた1940年代~1970年代の映画作品を中心に音響表現の分析を行った。これらの映画作品において見られる音響表現の技法をクローズアップ、マスキング、オーバーラップとして分類し、提示される視点・聴取点の関係性と各事例における演出効果について考察した。映画の音響は、登場人物のダイアログ・動作音など前景化されるべき対象の音と、その背景音との一元的な構造になっている。映画作品における音響の聴取点は、ダイアログや対象の動作音などを前景化するために、実際のカメラ位置よりも若干近い地点に置かれるものである。前景化されるべき対象は音のクローズアップによって示され、観客の注意は音によって誘導される。また一方で、対象の音を別の音で覆い隠すことにより対象への注意を引きつけるマスキングの手法や、ある音を重ね合わせることによって聴取点を示し映像の視点を転換させるオーバーラップの手法も見られた。以上の分類に、視点と聴取点の厳密な同期により観客を物語世界の中へ位置づける没入および後退の事例を加え、作品における演出効果を検証した。
以上の文献調査および作品分析から、映像における主観表現の方法論が音響分野においても応用されるようになった経緯と、それらが実際の作品においてどのように作用しているかを明らかにした。第4章で前章までの要点を整理し、視点と聴取点の関係性から見出した映像と音響の構造的差異を述べ、本論文の結論とした。
TAKAHASHI Sachi
A Consideration on Point of View and Point of Audition in Movie Works
Sound is one of the essential elements for many movie works. When we watch a movie, we recognize the impression of a movie by a combination of video and sound. In this study, narrative movie works were analyzed and literature materials were investigated. By reorganizing the relationship between “point of view” and “point of audition” and analyzing the effects of the directing, we reconsidered the role of the sound of the movie.
In chapter 1, two concepts are described, a point of view and a point of audition.
In chapter 2, we investigated the transition of the subjective expression in movie and the transition of the sound of movie. After Talkie movies became popular, the expression of sound in movie works changed with the development of video expression and video technology. The suspense movie since the 1940s was the beginning of the change. With the development of suspense movies, the acoustics of movies not only supplement visual information, but also gain a role as an element of suspense thriller, which encourages audience fear. Also, there was adoption of subjective expression in Film noir and advocacy of subjective suspense by movie director Alfred Hitchcock. These subjective expression techniques were also applied in acoustics, developed by suspense movies and so on after Hitchcock.
Based on the above, in chapter 3, we analyzed acoustic expressions mainly on movie works from the 1940s to the 1970s. The techniques of acoustic expression seen in these movies were classified as close-up, masking, overlap, and the relation between the presented point of view and point of audition and the effect are considered. In addition to the above categories, we added examples of immersion and retreat which positions the audience in the diegesis, and verified the effect of the production in the movie work.
In the above literature survey and movie analysis, we clarified the circumstances that the subjective expression technique of video has been applied also in acoustics
and how they work in the actual movies. In chapter 4 we summarized the previous chapters and concluded the structural difference between video and sound.