東京藝術大学 大学院 音楽音響創造

要旨

リトル太郎ピーター
図形楽譜とアートとの相関性の変遷

モートン・フェルドマンによって編み出された図形楽譜は、ニューヨーク・スクール(ニューヨーク楽派)と、同時代・同じニューヨークで活動していたと抽象表現主義絵画運動の芸術家らやその思想、具体的にはジャクスン・ポロックなどのアクション・ペインティンターらが志向した「オールオーヴァー」という考え方や、具体的なイメージよりも「フォーム(質料)」を重要視する価値観との相互作用において成立した。図形楽譜はジョン・ケージや、アール・ブラウンらニューヨーク・スクールの他の作曲家によっても用いられ、その後従来の記譜法の代用としてではなく、ヨーロッパでは偶然性・不確定性とともに受容され、そして他方ではフルクサスのイベントや、ハプニング・パフォーマンスなどの音楽以外の用途でも使われ広まっていくことになる。

また、図形楽譜の拡散や美術運動との関係については、ケージがブラック・マウンテン・カレッジや、ニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチで行った講義やイベントなどが深く関わっている。例えば、ブラック・マウンテン・カレッジでは、その後のインターメディア・アートの先駆けとしても美術史に名を残す《シアター・ピース第一番》(1952)がケージを中心にして上演され、ニュー・スクールでのアラン・カプロー、ジャクソン・マックロウやディック・ヒギンズら、後にフルクサスやハプニング・パフォーマンスなどの運動の中心で活躍することになる面々が集った授業において、ケージが彼らの考え方に大きな影響を与えた。フルクサスやハプニング・パフォーマンスなどでも図形楽譜が用いられたのは、先程も述べたとおりだ。

そして、同じニューヨーク・スクールのメンバーであったデイヴィッド・テュードアや、ブラウン、ケージ自身らの渡欧とダルムシュタットでの演奏、レクチャーなどは図形楽譜と偶然性、不確定性の音楽という考え方をヨーロッパに広めることになった。ちょうどケージがニュー・スクールで授業を受け持っていたのと同時期のことである。

そうやって当時のアート・美術運動と相関しながら成立し、瞬く間に広まっていった図形楽譜の歴史を追いながら、例えばメディア・アートなどの美術の動向との関連性や、図形楽譜の発展性などを、適宜作曲家らへの質疑応答をしながら探っていくのがこの論文の要旨である。

尚、本論文を書くにあたり、ケージが1969年に現代の音楽の楽譜についてまとめ編纂した『ノーテーションズ』、そして2009年にテレサ・サウアーが同様のコンセプトのもとで図形楽譜を中心に編纂した「ノーテーションズ21』を楽譜の主たる参考資料とし、楽譜の分類などはエルハルト・カルコシュカがその著作『現代音楽の記譜』で用いたのと同様の方法で行った。


Taro Peter LITTLE
The Changes of The Relativity Between Graphic Notation and Art.

It is well-known that the invention of the graphic scores by Morton Feldman and the New York School composers was influenced by the coeval art movement, Abstract Expressionism. That influence is apparent not only on their visuals but manifestly in their mode of thought; “All-over” and “Formalism” for example.

Due to the ease of notation of variables which were difficult to express in ordinary scores, the use of graphic scores spread quickly following the invention. Widespread graphic notation was used to notate the music of indeterminacy, improvisations and to write the scores for Fluxus events and Happening/Performance art.

With reference to the Fluxus movement, Happenings/Performance and Intermedia art, another New York School composer, John Cage, played a tremendous role in their realization through his teaching at Black Mountain College (especially with“Theater Piece No.1″, a notable first experience of an Inter-media event held in the summer of 1952) and The New School for Social Research.

Cage’s thoughts and the idea of musical notation using graphics flowed to the cited art movements through his talented students: Robert Rauschenberg, Allan Kaprow, Dick Higgins, et al. and also to Europe as a method of writing the music of indeterminacy at around the same time.

Currently graphic notations are used even more widely than they were: to express, to collaborate and to interact.

As described previously, this thesis represents the interaction between the movement of art and graphic notation as well as what is and what will be happening.

Graphic scores in this thesis mainly refer to John Cage’s “Notations”: a collection of contemporary works and musical manuscripts published in 1969, and to another collection of current graphic scores greatly-influenced by Cage’s earlier literature: “Notations 21”, edited by Theresa Sauer.