山田 啓太
情動の想起を意図した楽器演奏音と情動の伝達に関しての検討
本論文は、情動の想起を意図した楽器演奏音によって、演奏者の意図がいかに聴取者に伝達するかを聴取実験から考察し、実際の音楽の演奏における情動の伝達に関しての助力となる要素を明らかにしようとするものである。演奏者は、演奏をする際に聴取者に何かを伝える事を命題としている。そのために演奏者は、演奏表現の一部として「感情」を取り扱う事がしばしば見受けられ、また多様な演奏表現のスキルが求められる。しかし、意図した「感情」が聴取者に的確に伝わるものなのか、またどの程度伝わるものなのかということは、演奏者自身が正確に感知できるものではなく、意図した通りに伝えるのは非常に困難である。しかしながら、演奏者が情動の想起を意図して演奏した場合に、何かしらの「感情」が聴取者に伝わる事もまた事実であるため、それを少しでも解明できるような実験を試みた。
本論文は、序文と結びのある4章構成となっており、序文では、研究の目的や研究の方法、先行研究の紹介、論文の構成について述べた。そして第1章では、心理学と音響心理学における「感情」と「情動」という言葉の扱われ方やその差異を示したのち、本研究を形作る上で土台とする、音や演奏者のモデルや、音と聴取者のモデルの概念を明瞭にし、その外延を確定づけるに至っている。そしてそれを基に第2章では、「情動の想起を意図した楽器演奏音」を録音し、聴取者への聴取実験(実験I)を行なった。その結果、被験者が音楽演奏を主専攻としない場合、情動のポジティブネガティブという次元が演奏者の設定した情動とは反対になるということ、また、被験者が音楽演奏を主専攻とするかしないかに関わらず、情動のポジティブーネガティブの次元に比べ、情動の強度の次元に明確な有為差が確認できるという事がわかった。
続く第3章では、第2章の実験Iにおける、設定した情動に実際の音楽表現や演奏表現との相関性が少なかったという可能性や、音刺激が音階演奏であり音楽的でなかった等の問題点を踏まえ、それらを改善するため、ある特定の楽曲を用いて別の新たな実験(実験III)を行なった。さらにここでは、被験者が音楽演奏を主専攻とするかしないかで起こった実験結果の差異が、音楽演奏を主専攻とする被験者の場合、音刺激を演奏した演奏者と楽器演奏を行なうもの同士に共通するある種のコンセンサスが生じていた可能性があるという意見が被験者から多数挙げられたため、音楽演奏を主専攻としない被験者のみを対象とする事にした。そして実験IIIでは、実験Iにおいて情動の強度の評価により明確な結果が確認できたため、「ある1つの情動の強度(表現量)を変化させた場合にも、聴取者がそれを明確に受け取る事が可能であるか」というところに焦点をあて、その結果、演奏者の意図した情動の表現量と被験者の評価した値に順序的な対応を確認することが出来た。
第4章では、実験を受けた際の演奏者と聴取者の所感を基に、考察や推察を行なった。ここでは大別して、「演奏の順序」と「過度の演奏表現」、「演奏ミスと好み」という3つの考察すべき点が浮かび上がった。これらは全て、明確な結果を求めようとした本研究の実験に対しては問題点となり得るものであるが、これは音楽の持つ性格から来る問題点であると同時に音楽の面白さや良さを示すものでもあった。
そして終わりに、第4章の推察を通じて見えた実験の問題点や、実験の結果少なからず情動の伝達が証明の範疇にあった事から、今後の研究の手掛かりを述べ結びとし、本論文を閉じている。
YAMADA Keita
Performance that intended to induce emotions and it communication to the listeners
This study examined the communication between the players’ performance that intended to induce emotions and the listeners receiving them. Players generally aim to transmit emotion to listeners; nevertheless playing techniques that achieve this is very difficult. However, it is often noted that if the performer plays intending to induce emotion, some emotional feelings can be communicated to the listeners. This study did two types of listening tests to clarify this communication.
In Chapter 1 the difference of the definition in psychology and psychoacoustic terms of the words “feeling” and “emotion” was clarified, and the model of the communication between the player and the listener was introduced. In Chapter 2, two listening panels (classified by being musical players, or not) examined how the sound played by a musician intended to induce emotion to subject (Test 1). The result showed, in the “negative-positive” scale of emotion, that the non-player-subjects panel score was opposite from player subject panel. Contrast to that, in the “strength” scale of emotion, the subjects were correct from the player’s intent. However the stimulus was not a musical material. Due to this fact, some elicitation problems seemed to have occurred.
In Chapter 3, the results and the cause of the problems from the first test were investigated. Then a second test (Test 2) was conducted, using only non-player subjects. The result showed correlation between the value of subjects’ responses from the induced emotions and the value of emotional expressions strength caused by players’ intention.
The last chapter (Chapter 4) the two test results were discussed, and led to some relation to findings from emotional studies. Especially, musical characteristic effects were caused bias to every discussions. The musical pieces used as stimuli obviously had musical intentions by the composers that caused bias. On the other side, this problem proved that this test had musical characteristic. Therefore, these two tests results suggest remarks concerning the studies of musical emotions tested by musical stimulus.