東京藝術大学 大学院 音楽音響創造

要旨

山田 美慧
音楽再生における奥行き感の表現をめざした録音方法の検討
――高さ方向からの再生による試み――

最近では 5.1ch サラウンドが家庭にも浸透しはじめ、テレビ放送においてスポーツの 中継や映画の放映だけでなくサラウンドによる CM の制作もおこなわれている。しか し、視覚情報に頼らない音楽再生を考えた際は、音のみで空間特性を表現しなければな らない。この場合、左右の広がりや包まれ感だけでなく、前後の立体感つまり奥行きが 重要な要素である考えた。奥行きに関するもののひとつに“ensemble depth”という視 点からの研究がある。本研究ではこの ensemble depth を聴取位置の前方における楽 器郡の奥行きと定義し,より豊かな ensemble depth を実現するための録音方法を検討した。また、音場の再現性を高めるために,反射音を側方や上方から再生する研究が されていることから,高さ方向からの反射音の再生が必要ではないかと考えた。そこで, 5.1ch サラウンド音響システムで再生することを前提に, ensemble depth を表現する ために効果的なスピーカーの位置についても検討した。

まず,録音方法の試みとして、奥行き感の実現に寄与していると仮定した位置に,二 組のマイク (以下,M_HI, M_H2)を設置し、スピーカーからモノラル再生した音を 録音をした。この二組のマイクは通常のメインマイクよりも高い位置に設置された。こ の二つのマイクと比較する目的でメインマイクと同じ位置にもマイクを設置した(以下、 M_M”)。また, 再生方式の検討として,このマイクで収録した音を再生するのに適した スピーカー位置を検討した。まず,既存の 5.1ch サラウンド音響システムの上方,仰角 30, 中心から±30, ±60°, ±90°の位置に設置した。この上方のスピーカーから M_H1, M_H2 を再生し、その効果をアンケートによって調査した。最終的に, 上方スピーカー は中心から+60°とした(以下、S_H60)。

次に,実験1 として先に録音した音源を用いての主観評価実験を行った。評価手法と しては、GAL (Graphical Assessment Language)法を参考にした。これは、再生される音の印象を図示する方法で、今回の実験では、音の広がりや奥行きを楕円で図示する よう求めた。分析の結果,再生するスピーカーの違いによって,音源までの距離が前後 することがわかった。これは M_M’, M_H1, M_H2 のいずれにもあてはまった。音源の 横幅(Source width)の変化に関しては、フルート,ヴァイオリンの両方でスピーカーに よる差があらわれた。横幅の知覚に関して,S_H60 による再生での楽器による要因が 主効果としてあらわれた。また,音源の縦幅(Source depth)の変化に関しては,音源までの距離と楕円の横幅の場合と比べてスピーカーによる差が小さかった。

次の段階として,実験1 に関する考察をふまえて、複数の楽器による演奏を録音し、 実験1 と同様に GAL 法によって評価実験を行った。これを実験2とし、主に ensemble depth と ensemble width について分析した。その結果、マイクによる違いについて 統計的な有意差は得られなかった。しかし、実験後のアンケートから、被験者がマイク の違いについて、奥行きも含めた空間印象の違いや音色の違いを述べていることから、 今後は、奥行きに関するより効果的な収録方法の検討と、適切な実験手法の検討を行ってゆきたいと考えている。


YAMADA Misato
Investigations on the recording technique to reproduce sufficient ensemble depth for Music
—An experiment with elevated microphones and upper loudspeakers—

The aim of the research was to investigate microphone setups and reproduction systems that can recreate perceived depth of a classical music reproduction in a concert hall. The hypothesis of the research in multichannel surround system refers to the idea that the depth of a group of sound sources, which was defined as “ensemble depth,” is identifiable with a pair of additional microphones with a proper reproduction channels.

Two pairs of microphones were arranged for recording the reflected sound from the ceiling.
Two experiments were done to investigate the effects of the microphone setups and the speaker setups using GAL (Graphical Assessment Language) method, comparing elevated and non-elevated microphones and loudspeakers. From the analyses of distances of the instruments from the listener, ensemble width, and ensemble depth, the effect of the elevated loudspeakers were significant but not the effect of the elevated microphones.