コンサート作品
今回私は、語りと歌との中間の状態の声への興味から、また言葉がおのずからメロディーを導き出すことで歌が形成されることを目指し、《春のステップ》を制作した。
それは語りが、語りとも歌とも判断しがたい曖昧な状態を経て、徐々に変化し歌に至るもの。語りは我々のよく知った語りの形で行われ、歌も我々のよく知る一般的な歌なのだ。しかし両者の間に、始めは語りに近く、終わりは歌に近い、両者をつなぐものがある。そのようなものを目指した。また語りから歌へ移り変わっていくプロセスも重要で、語りがおのずから歌を作っていくのだから、詩は改変されることなく繰り返される。プロセスの移り変わりでは、曖昧な声の状態が続くので、声の変化を聴き手が認識し易いものを目指した。今回は語りと歌の中間部は、語り・歌・両者の中間の状態の声を混ぜることで構成した。
詩は詩人の石垣りん作《春》(『レモンとねずみ』童話屋)を用いた。声と共に流れを作る楽器としてピアノも用いた。最初に詩の朗読があり、その後、同じ詩が繰り返しながらステップ1~6が順に続く。ステップ1は詩の朗読で、ステップ6は歌。ステップ2~5は中間部分だ。
記譜については、「語り」としてメロディーや抑揚のつけ方を全く記していない部分、「歌」としてメロディーを記した部分、「語りと歌の中間」として抑揚のつけ方を記した部分、の三種を記譜に用いた。「語り」には演奏する際に留意してほしい点のみを書き、「歌」は通常の楽譜のように、音符やアーティキュレーションを書いた。「語りと歌の中間」には留意する点と、カーブした矢印を記した。矢印が示す線が抑揚の深さ(高低)を表しており、五線上に書くことで、前後に対してどの程度の高さで始め、どのような抑揚をつけ、どの程度の高さで終わるのかを示した。
またステップ1~5では小節線をほとんど記さず、一段で一つのまとまりとした。ステップ6は語りの要素は無く完全に歌なので小節線を記し、ステップ5の後半もほぼ歌なので小節線を記した箇所もある。それまでは自然な言葉の流れや詩の区切れを優先させるために記さなかった。しかしその代わりに声とピアノが縦で見た際にきちんと合うように配慮して記譜し、演奏者にも小節線の代わりにその点に注意して演奏するように要求した。各ステップに書いてある拍子は、前半のステップではピアノの演奏者に一段に含まれる音符の見当をつけてもらうために、後半のステップでは一段が一つのまとまりではあるが、詩や語りのリズムに加えて、音楽としてのリズムを意識して演奏できるように記した。