「5.1chサラウンドシステムにおける映像が音像定位に及ぼす影響」/ 高橋享平

論文

"本論文では5.1chサラウンドシステムにおける音像移動に映像が与える影響について述べる。
 5.1chサラウンドは現在最も一般的なマルチチャンネル再生環境の1つである。元々、映画館の音響システムとして導入された5.1chサラウンドだが、2003年に地上デジタル放送が開始されサラウンドの番組が放送されたり、サラウンド対応のTVゲームソフトが制作されたりと、その使用環境は今後一層拡大していくことが予想される。加えてそれは映像メディアとの高い関係性を持っており、そのつながりを無視することはできない。このような状況の中、5.1chサラウンドシステムにおいて映像が音にどのような影響を与えるのかという研究は、サラウンド制作者にとって非常に参考となるものになると考えている。

 本論文では、映像を提示しない場合と提示した場合において聴感上での音像移動にどのような変化が起こるかを実験し、その結果と考察を述べる。

 5.1chサラウンドの特徴はその臨場感ある音響表現であり、ステレオ再生に比べて非常にリアルな音響空間を再生することができる。その臨場感ある音響空間の再生のために「音像移動」は欠かせない要素の一つである。リアルな音像の移動は、それがあたかもそこに存在するかのような感覚を聞き手に与える。5.1chサラウンドでは、従来のステレオの左右方向の音像移動に加えて前後の音像移動も可能であり、複雑な音像移動を実現することができる。さらに、映像と音像の定位の一致も臨場感の向上には重要である。映像に映っている位置とまったく異なった位置からその音が聞こえてきたのでは臨場感は損なわれてしまうだろう。つまり5.1chサラウンドにおいて、映像の動きに合ったリアルな音像移動が臨場感ある空間再生に不可欠なのである。


 映像が音像移動にどのような影響を与えるかを調べるために、まず最初に映像は提示せず音声のみを再生して、それを被験者がどう認識するかを調べる。その後、同条件で映像を提示して調べ、映像を提示しなかった場合とどのような違いが生じるかを比較する。本実験では、左右と前後の直線的な移動パターンのみを調べた。また、被験者が音像の動きをどうとらえているかを連続的に記録するために、インターフェースとしてDigidesign社のサラウンドパンナーを使用した。

 実験結果から、特定の条件の元で映像が音像移動に影響を及ぼしていることが分かった。映像の移動方向に対して並行に音像がズレている場合、左右方向にずれたパターンでは、音のみの時には音像移動が直線的に知覚されていなかったが、映像を同時に提示することで、直線的な映像の動きに影響を受けて音像移動が直線的になった。しかしながら、この現象は前後方向に並行にズレているパターンでは確認されなかった。また左右の音像移動において、映像と音像の速度が異なる場合、音像の速度は映像に引っ張られることが分かったが、これも前後方向においては確認されなかった。

 左右と前後において結果が異なるのは5.1chサラウンドの特性や我々の聴覚特性が原因と考えられるが、これらにおいては今回の実験からは断言することはできない。また、前後において映像の影響が見られる被験者もおり、今回の実験のみで前後における影響がないとは言い切れず、さらなる研究の余地があると思われる。"