朗読《語》ナレーションについて / 鹿野 真央

オーディオ作品

ナレーターは今日、テレビやラジオに於いて欠かすことのできない存在である。テレビを見ていればナレーターの声を聞かないことはまず無い。コマーシャルをはじめ、ニュース、ドキュメンタリー、バラエティ、通販など、活躍の場は多岐にわたる。その反面、ナレーターという独立した職業が確立されたのはつい最近のことで、未だに番組のナレーションを担うのは俳優や声優がその多くを占めている。近年では不況の影響もあり、バラエティ番組でも放送局員アナウンサー(局アナ)を起用する例が非常に多く見られる。なおかつ番組改編の時期になっても新番組が作られることは少なくなり、再放送ばかりが目立つようになってきた。

しかし、そういった状況下に於いても職業ナレーターの技術が必要とされる場面が多々ある。特に情報番組のニュースやドキュメンタリーでは職業ナレーターによる語りが求められる。声優や俳優、そしてアナウンサーには無いもの。彼らにはできないもの。それがナレーターには求められている。

また、番組のナレーションの一番大切な役割は「伝える」ということである。映像や音楽だけでは視聴者に伝えきれない部分を伝えるのがナレーションであり、地味でありながら番組を構成する上で非常に大きな役割を担っている。

書いてあることを声に出して読むことなら誰でもできる。しかし、「伝える」という前提がある以上、ただ読むだけではいけない。そして声が良くて発音が明晰で、標準語を話せるなど、多くの人はこういったことをナレーターの特性として挙げるが、果たしてそれだけで「伝わる語り」というのは完成するのだろうか。

ナレーターとして活動する身であり、言葉を専門に扱う者として、何をどうすれば「伝わる語り」になるのか、探る必要があると考えこの作品を制作するに至った。①~④のように読み方を変え、「意味のかかり具合」「息遣い」などに注意し違いをつけた。

作品データ
朗読
「とうげの茶屋」 (新潮文庫『小川未明童話集』より、一部抜粋)
作者
小川 未明
録音
三浦 実穂
マイクはNEUMANN U87Aiを使用

① おじいさんは / 女房に / 死なれてから / もう / 長いこと / こうして / ひとりで / 商売を / していますが / みんなから / 親しまれ / ゆききに / ここへ / 立ち寄る / ものが / 多かったので / あります。

(テキストそのままの読点どおりに息を切って読む。意味がその都度切れてしまい、話の流れをつかみづらい。)

② <おじいさんは女房に死なれてから>、もう長いこと、<こうしてひとりで商売をしていますが>、<みんなから親しまれ>、<ゆききにここへ立ち寄るものが多かったのであります>。

(単語どうしの意味のかかり具合に着目して読む。もとの文面通りだと意味が切れてしまうが、<>内は息を切らずに読むことで前の単語があとの単語にかかり結合し、ある程度意味がまとまる。)

③ おじいさんは // 女房に死なれてから // もう長いこと / こうしてひとりで商売をしていますが // みんなから親しまれ // ゆききにここへ立ち寄るものが / 多かったのであります。

(音・息の切れ目を考えて読む。// の部分は息を切って読み、/ を入れた部分はその前の文章の文末の音を下げ、後の文章の再び言い出すところで音を高く引き上げる。「意味の切れ目として聞かせたい部分」と「ひとつながりであるように聞かせたい部分」とに分けることによって文章の中の意味のつながりがわかりやすくなり、より聞きやすい読みになると考えられる。)

④ ㊦おじいさんは // 女房に死なれてから // もう長いこと / こうしてひとりで商売をしていますが // みんなから親しまれ // ゆききにここへ立ち寄るものが / 多かったのであります。(サゲ)  おじいさんは // いつも / にこにこして // だれ彼の差別なく客をもてなしましたから // ㊤だれからも // 「おじいさん、おじいさん」 / と / いわれていました。(サゲ)

(表情をつけて読む。声は少し高めに出すようにし、のどを開き気味にして呼吸の調節をしやすいように考慮した。㊤㊦と記したところは、意識して出だしの声に高低をつけた。波線部は意識的に読む速度を落とし、点線部は速度を上げる。速く読みやすいところは速く、まとまりをつけたい文末や雰囲気を持たせたいところをゆっくり読むようにし、速度に変化をつけることでテンポが良くなり、平板な読みからの脱却につながった。「立てどころ」には囲み線を入れた。ここではゆっくり読むほかにその単語だけ特に高い声で読むことをした。また、(サゲ)とある箇所は、意識的に息を多めに吐いて声の圧を下げ、低めに出すことで文末にまとまりをつけることをした。こうすることで説得力があって「文章が終わる」ということが聞き手に伝わる語りになると考えた。)