日本のプロ・オーケストラ組織における〈モチベーション〉についての考察

齋藤琴子/卒業論文

 日本のプロ・オーケストラに在籍する団員は、聴衆の前で演奏を披露する「芸術家」でありながら、組織に属しながら業務に従事する「従業員」でもある。
 オーケストラの定期演奏会を聴きに行くと、会場からの帰り道に自分のはるか前を楽器ケースを背負いながら急ぎ足で歩く団員の姿を目にすることも稀ではない。恐らくは楽団のコンサートと個人のレッスンやリハーサルとをハシゴする真っ只中なのだろうが、いかにも「移動中」と言いたげに歩くその後ろ姿は、つい数十分前まで舞台の上に立って何百人という聴衆を魅了していた一人の演奏家でありながら、もっと現実的で合理的に業務をこなす企業のサラリーマンのそれのように見えなくもない。
 楽団という組織に職員あるいは従業員として雇用されているという立場をとる日本のプロ・オーケストラの団員には、彼らならではの音楽や仕事、自身に対する考え方や向き合い方があるはずなのである。何が団員たちを「芸術家」にし、何が「従業員」にしているのか。活動を通じて自らの音楽性や独創性を研き高めることを喜びとする芸術家としての立場と、定められた時間や報酬などの条件のもとで活動にあたる従業員としての立場という、彼らに内在するこの一見相容れない二つの側面は、どのようにせめぎ合い、折り合っているのか。
 このような関心をもった筆者は卒業論文として、日本のプロ・オーケストラにおける芸術家/ 従業員としての団員に焦点を当て、楽団の活動や環境におけるそれぞれの側面のはたらきについての考察を試みた。考察にあたっては、現役の団員たちにおこなったヒアリング調査から得た各氏のコメントを引用し、アメリカの作家ダニエル・ピンクの提唱する「社会の基本ソフト〈モチベーション〉」の概念を手掛かりとした。

profile

齋藤琴子:プロジェクト2所属。
天秤座のO型。小学校の児童会役員時代からイベントの企画や運営に興味を持ち、吹奏楽部や学生オーケストラでの活動を経て大学ではアートマネジメントを専攻。クラシックの音楽祭からまちづくりイベントまで多くの現場で心身を鍛える。大学卒業後はテレビ局で番組の企画・制作に携わる(予定)。