陽炎座について

山田夏菜/卒業論文

 鈴木清順監督の「陽炎座」を分析する。作中に見られる登場人物、現象などから抽出し、さまざまな二項対立の世界を浮かび上がらせてみた。中心と周縁、生と死、現実と夢、こどもと大人、西洋と日本などの対比的な世界である。さらに、そのようにして作品を捉えていくとき、それらの二分化構造を生み出そうとする自分の精神構造の問題についても考えざるを得なくなった。すなわち「陽炎座」を分析する自分自身を通して、自分を育み取り巻いている社会の価値観の有り様、「陽炎座」を生み出した社会の精神構造の在り方を見るべきことに着目させられた。
 「陽炎座」の中の「私」は、どの「私」が真の「私」であるか定めることを拒否している。どこにも固定的な概念としての「私」は存在せず、あるのはさまざまな様相を呈しさまざまな次元に現れる総体としての「私」だ。
 作中で見られる「私」の二分化、二極化はあくまで表層的なもので、さまざまな表情の「私」はそれぞれ密接につながっており、関係性の中で互いに絡まり合って存在している。それは、夢と現実というあたかも二項対立の世界のように思われるものが実は綿々とつながり、どちらがどちらともつかない関係性の中にあることにも似ている。夢と現実、こどもと大人、男と女、あの世とこの世。「陽炎座」が語るものがたりは、それらのテーマひとつひとつを表層として浮かび上がらせ捉えなおし、同時に関係性のカオスの中へと沈めていく作業だ。

profile

山田夏菜:プロジェクト5所属。
冬生まれ。